研究詳細その3

ペルオキシソームの細胞生物学 ― モザイクペルオキソーム

ペルオキシソーム形成異常症(Peroxisome biogenesis disorders)はペルオキシソームを細胞内で作るプロセスにかかわる一群の遺伝子(PEX遺伝子群とよばれ、13遺伝子座が本疾患の原因として特定されています)が変異することが原因のヒト疾患です。

ペルオキシソームの生合成から分解まで

PEX遺伝子の機能損失を伴う重症型の患者では、出生時において脳や腎臓、肝臓の発生異常や機能障害、骨形成異常、網膜変性など重篤な病態が現れます。一方でPEX遺伝子の機能低下を伴う比較的軽症型の患者では出生時に見られる病態は軽度なものの、成長とともに病状が進行します。いずれの場合でも患者では極長鎖脂肪酸やプラズマローゲンをはじめとしたペルオキソーム依存性の代謝産物が過剰に蓄積したり欠乏したりします。

軽症型の患者ではモザイクペルオキソームという現象がみられることがあります。同じ細胞集団内で細胞ごとにペルオキシソームの数が大きく異なる現象で、正常に近い数のペルオキソームを持つ細胞からまったくペルオキシソームを持たない細胞まで様々です。この現象がどういう原理で起こるのかを調べています。この原理を明らかにすることで本疾患の治療の可能性が生まれるからです。

モザイクペルオキシソームを示す患者線維芽細胞。ペルオキシソーム(緑色)を
持つ細胞と持たない細胞が混在している。青は細胞核。

 

これまでの研究成果

Takashima et al., 2022. Molecular genetics and metabolism 137(1-2) 68-80.

Hypomorphic mutation of PEX3 with peroxisomal mosaicism reveals the oscillating nature of peroxisome biogenesis coupled with differential metabolic activities

モザイクペルオキシソームを持つモデル細胞を作成し、モザイクペルオキシソームの原因を調べた論文です。HEK293細胞のPEX3遺伝子を壊して、5アミノ酸欠失が生じた細胞を得ました。この細胞ではモザイクペルオキシソームが生じていたことから、軽症型疾患モデル細胞としてモザイクペルオキシソームの研究に用いました。

この軽症型モデル細胞を各1個ずつ96ウェルプレートに分取して培養したところ、それぞれの細胞が増殖した後には再びモザイクペルオキシソームが再現しました。最初の1個の細胞がペルオキシソームを持っていた場合、持っていなかった場合の両方でモザイクペルオキシソームが再現したことから、モザイクペルオキシソームは細胞内での周期的なペルオキシソーム生合成と消失の繰り返しによって生じていると考えられました。

モザイクペルオキシソームは1つの細胞からでも再現する。

タイムラプスイメージングや、長期間の培養実験によってもこの考えが裏付けられました。また、同様のモザイクペルオキシソームを持つ患者由来線維芽細胞でもやはりペルオキシソームの生合成が周期的に変動していることを確認しました。

ペルオキシソームに局在する蛍光タンパク質を用いることで、モザイクペルオキシソームの細胞集団を、ペルオキシソームを持つ細胞と持たない細胞の2つのグループにわけました。この実験では蛍光タンパクのmCherryにペルオキシソーム移行シグナルとPEST配列を結合したキメラタンパクを利用しました。このキメラタンパクはペルオキシソームに移行できないとPEST配列の作用ですぐに分解されますが、ペルオキシソームに移行した場合には分解を免れます。ペルオキシソームを持たない細胞ではmCherryの蛍光が消失するため、蛍光の強度によってペルオキシソームを持つ細胞と分離できます。

ペルオキシソームあり、なしで細胞を分離後、代謝産物を測定。

 
ペルオキシソームを持つ細胞では代謝が改善し極長鎖脂肪酸の蓄積が減少する。
 
セルソーターを使ってペルオキシソームを持つ細胞と持たない細胞に分け、それらの間における代謝の違いを調べました。その結果、ペルオキシソームを持つ細胞では持たない細胞に比べて極長鎖脂肪酸などの代謝が改善していました。
 
本結果から以下の重要な結論が導かれます。モザイクペルオキシソームではすべての細胞がペルオキシソームを作る能力を有している。ペルオキシソームの生合成と分解の周期に介入することができれば、全ての細胞にペルオキシソームを持たせることができ、代謝を改善させることができる可能性がある。したがって軽症型患者の治療に役立つ知見が得られるかもしれません。

残念ながら現時点ではどのような因子によってこの周期性がコントロールされているのかはわかっていません。現在は周期性をコントロールする因子について探索を続けています。

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